K-POPには、いつも「歌」があった
──日本語版刊行に寄せて
昨日の締切と明日の締切の合間に、そっと数えてみた。およそ25年。ほんのわずかでもお金をもらって音楽のことを話したり書いたりするようになって、もうそんなに時間が経っていた。来月や来年どころか、明日のこともろくに考えない人間として、思ってもみなかった数字に初めて少し怖くなった。ただ良い音楽を探してチェックしていただけなのに、もう四半世紀が過ぎたなんて。とても信じられなかった。
じつは、もっと信じられないのが韓国の大衆音楽界の変貌ぶりだ。音楽評論家として仕事をしている私が「音楽」を意識して聴くようになったのは、1990年代初頭のことだ。当時の韓国は、見渡す限り「ダンス歌謡」一色だった。92年にソテジワアイドゥルが〈僕は知っている〉でデビューすると、「韓国の音楽界はダンス歌謡の人質になった」という記事やコラムが週に何本もあふれた。大した実力もないのに派手な見た目とダンスで大衆を惑わす、ぽっと出の「見せかけの歌手」たちが韓国の大衆音楽をダメにする─そんな批判だ。週に一度、人気音楽番組『歌謡トップ10』(KBS)の時間だけを楽しみに指折り数えて待っていた10代の私には、その怒りがさっぱり理解できなかった。その人たちがどれも同じだと非難する「ダンス歌謡」は、少なくとも私の目にはまったく同じに見えなかった。いったい何を見てそんなことを思ったのか、できれば腰を据えて一緒に話してみたかった。
それから30年後、ついにチャンスがやってきた。私は幸運なことに、望めば記者でもプロデューサーでもマニアでも、誰とでも語り合える職業についた。成長したのは普通の中学生から大衆音楽評論家になった私だけではない。「ダンス歌謡」も「K-POP」というそれらしい名前に衣替えし、さらには国境を越えて世界に広がった。この文章を書いている2025年の夏も、「K-POP」をタイトルに堂々と掲げたアニメ映画『K-POP デーモンハンターズ』が公開され、グローバル配信プラットフォームで歴代最多視聴回数を記録している。ここまでくると、世界が私にドッキリを仕掛けたのだと言われても信じるくらいだ。これって全部本当なの? 驚いたことに、本当だった。
何度も頬をつねって現実を確かめている間にも、事態は進んでいった。私という個人とK-POPの世界の時間軸が、一見ずれているようで重なりながら回っていった。ラジオから流れる「ビルボードHOT100」ランキングを学校のノートの最後のページにメモしていた私は、今ではそのチャートで1位になった韓国の歌手について海外メディアのインタビューをよく受ける。渋谷系とバンド音楽が好きで、大学を卒業してすぐ日本へ渡って日本語を学んだ私は、今では好きなK-POP歌手を追いかけて韓国語を学ぶ世界中の留学生に講義をすることもある。「歌謡界をダメにする」の次は「10代が聴くような音楽」と言われていた旧ダンス歌謡/現K-POPは、いつの間にか韓国のカルチャー輸出の最前線に立つ産業の立役者となった。オリコンチャートで1位になるだけで「9時のニュース」で流れていた時代を経て、「ビルボード・チャート1位」もよくあるニュースとして扱われるようになった。そんな今の状況に、なかなかうまく馴染めない。
そして、そこにはいつも「歌」があった。まるでその時を待っていたかのように、韓国の大衆音楽の歴史は歌とともに動いた。K-POPに少しでも興味があれば、ソテジワアイドゥルの〈僕は知っている〉(1992)、BoAの〈No.1〉(2002)、PSYの〈江南スタイル〉(2012)、BTSの〈Dynamite〉(2020)が、それぞれ変化の局面でいかに重要な役割を果たしたかをよくご存じだろう。その姿は、まるで9回裏2アウトで登場した打率4割のピンチヒッターのようだった。恐れることなくバッターボックスに立ち、このくらい朝飯前だとばかりに軽々と球を打ってフェンスを越えさせる。満塁ホームラン、ゲームセットだ。
一度流れに乗った勢いは、そう簡単には止まらなかった。運とタイミングに恵まれていただけではない。長年鍛えた筋肉と底力があってこそだった。その原動力となったのは、決定打を放った者だけではない。イニングとイニング、ゲームとゲームの間は、やはり努力を重ねた仲間たちの献身で埋め尽くされている。もしもイ・ヒョリの〈10 Minutes〉(2003)やWonder Girlsの〈Tell Me〉(2007)がなかったら、K-POPは大衆にとってどんなに虚しいものだっただろう。もしもf(x)の〈4 Walls〉(2015)やNCT Uの〈第七感〉(2016)がなかったら、K-POPは音楽的にどんなに味気ないものになっていただろう。それぞれのポジションで各々が悩み、挑戦することで輝いたK-POPの歌の力が集まって、今のK-POPの牙城が築かれた。「ダンス歌謡」と「K-POP」の中心にある軽快なエネルギーによって。見る目のある者にだけ見える違いと魅力によって。
ありがたいことに、私はそうやってお膳立てされた舞台で楽しく過ごせている。韓国に生まれて仕事をする大衆音楽評論家として、じつに面白い時代を過ごしていると日々実感する。好きな日本の歌の歌詞を理解したい一心で、怖いもの知らずで海を渡った20年前の私。当時の私に「きみが著者のひとりとして参加した本が日本語に翻訳されて、その本の序文をきみが書くことになる」と伝えたら、まず「目を覚ませ」と言われるだろう。そんな風には終わらせたくない夢を、この本に書かれた素晴らしいK-POPの歌とともに、もうしばらく見ていたい。